文学は格差社会をどう表現したか―「蟹工船」・その以前と以後


編集:中村稔

 『蟹工船』がブームになりました。背景にあるのは日本が格差社会へと逆戻りしたという現実だとおもわれます。
明治以降の性急な近代化による歪みは格差社会をもたらしましたが、「蟹工船」がそうであるように、格差社会を生きる人々を描くことは、近代文学の重要なテーマの一つでした。本展によって近代文学が描いた格差社会の真実と様々な問題点が、現代日本の現実とどう繋がっているのかを感じとっていただければ幸いです。

部門構成と主な出品資料

第1部 貧しい明治の庶民たち

石川啄木肖像

石川啄木肖像

樋口一葉は底辺に生きる娼婦や、娼婦となる宿命の少女らを描き、石川啄木は日々の窮迫した暮らしのなかで心をよぎる「いのちの一秒」を短歌へと結晶させました。一葉は『日本の下層社会』の著者、横山源之助と交流し、啄木は大逆事件の衝撃のなかで社会変革の思想への関心を強めていきます。

・一葉の「にごりえ」「たけくらべ」の草稿・原稿
・横山源之助の一葉宛書簡
・啄木の自筆歌稿「はてしなき議論の後」「呼子と口笛」詩稿ノート
・長塚節は「土」原稿

石川啄木ココア

石川啄木「ココアのひと匙」詩稿(「呼子と口笛」詩稿ノートより)

 

第2部 社会思想の目覚め

関東大震災直後の大杉栄の死後、古田大次郎らは資金調達のための強盗殺人や要人暗殺未遂などのテロに走り刑死しました。古田らが大きな影響を受けた秋水は弁護士あての弁明書の中で無政府主義者は暴力を排斥すると述べています。自由と相互扶助を目指した運動がなぜこのような結末を迎えたのでしょうか?

・幸徳秋水「獄中雑詠吟」書軸
・北一輝、中里介山、竹久夢二の秋水宛書簡
・大杉栄の幸徳駒太郎宛書簡
・古田大次郎「死の懺悔」原稿 など

第3部 「蟹工船」とプロレタリア文学――格差社会への抵抗と挫折

小林多喜二、葉山嘉樹、徳永直、中野重治、佐多稲子らプロレタリア文学を代表する作家たちを紹介。

・小林多喜二「蟹工船」原稿
・志賀直哉宛書簡、葉山嘉樹宛書簡
・葉山嘉樹の広野八郎宛書簡
・獄中から徳永直に宛てた中野重治書簡
・佐多稲子の小林多喜二宛『キャラメル工場から』献呈本 など

第4部 底辺からの視線 大正・昭和――大正・昭和の格差社会から

プロレタリア文学のようにイデオロギーを前面に出すのではなく、なおかつ社会の底辺に視点を置いて書きつづけた作家たちを紹介。

・葛西善蔵「暗い部屋にて」原稿
・葛西宛嘉村礒多書簡
・林芙美子の絶筆「めし」原稿
・石川達三「蒼氓」関連の原稿
・『愛玩』などで戦後の困窮した生活を描いた安岡章太郎の当時を回想した原稿
・松本清張「或る「小倉日記」伝」原稿
・水上勉「雁の寺」原稿と彼の師宇野浩二宛書簡
・中上健次「岬」原稿 など

詩パネルについて

木山捷平の故郷笠岡市に建つ「五十年」の詩碑拓本のほか、古泉千樫、村上鬼城、尾崎放哉、種田山頭火、大木実、杉田久女、松倉米吉、山之口貘、石垣りん等の貧困、格差に関連する詩歌をパネルで紹介。