教科書のなかの文学/教室のそとの文学Ⅱ──中島敦「山月記」とその時代


6月22日(土)―9月7日(土) 

 隴西李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、
性、狷介む所る厚く、賤吏に甘んずるをしとしなかった。

 

中島敦 長男・桓と(昭和12年頃)

中島敦 長男・桓と(昭和12年頃)

※本展は複製資料を中心に構成されています

主 催 公益財団法人 日本近代文学館
協 力 県立神奈川近代文学館
開館時間 午前9時30分~午後4時30分(入館は午後4時まで)
観 覧 料 一般300円(団体20名様以上は一人200円)、中高生100円
休 館 日 日曜・月曜(祝日7/15、8/12は開館)7/16(火)、8/13(火)

第4木曜(6/27、7/25、8/22)

編集委員 安藤宏・山下真史

 

君たちはどう悩むか

本企画は、高校の教科書の「名作」を取り上げ、国語教科書と日本近代文学館の橋渡しをすることを目指すものです。今回は、2018年に開催された同名の展示を一部リニューアルして行います。
「山月記」は1942(昭和17)年7月、「文学界」に発表されました。中島敦はこの作品で文壇にデビューしましたが、同じ年の12月に33歳の若さで急逝しました。この「山月記」が高等学校の教科書に初めて掲載されたのは1951(昭和26)年。その後、次第に採用が増え、現在では国民教材と呼ばれるまでになっています。70年以上の長きにわたって教科書に採り続けられるのは、「山月記」が高校生を惹きつけてやまない魅力を持っているからでしょう。
本展覧会は、第一室では「山月記」を掲載している教科書の展示、「山月記」の典拠となった「人虎伝」やその他の「人虎伝」の翻案の紹介、「山月記」から派生した創作の展示などを行います。「山月記」を考えるヒントとして、教室でしばしば取り上げられる論点や、新しい論点を紹介します。また、今回は、中島敦の悩みについてもスポットを当てます。現代の若い人たちにも通じるものが見つかるでしょう。第二室では、中島敦の生きた時代の状況や同時代の文学を紹介するとともに、敦の朝鮮半島や南洋での異文化体験も大きなトピックとして紹介します。戦争の時代を生きた中島敦の魅力ある人間像を紹介します。

(編集委員 安藤宏、山下真史)

 

第1部 「山月記」の世界

中島敦の「山月記」は、今から70年以上前の1942(昭和17)年2月に雑誌「文学界」に発表されました。中島敦の文壇デビュー作です。続いて、R.L.スティーブンソンの晩年の苦闘を描いた「光と風と夢———五河荘日記抄」が発表され、文壇の注目を浴びました。その後、中島敦は依頼に応えて、パラオを舞台にした小説群、中国古典に取材した「名人伝」「弟子」「李陵・司馬遷」等の名作を続々と執筆しましたが、同年12月4日、持病の喘息のために急逝しました。

中島敦が執筆活動をおこなったのは、1931(昭和6)年の「満洲事変」に端を発する「十五年戦争」の時代です。文学の世界でも、戦争に協力する作品が多く書かれていました。そのような中で、中島敦の作品は理智的で、気品のあるものとして好評をもって迎えられました。実際、流行に流されない批評精神に裏打ちされ、端正な文章で書かれた中島敦の作品は、際立った光を放っており、今日に至るまで人を惹きつけてやみません。

第1部では、そのような中島敦の作品の中でも特に注目される「山月記」に様々な角度から光を当てます。「山月記」の世界を存分に味わってください。

(山下真史)

部門紹介

Ⅰ.教科書の中の「山月記」

Ⅱ.「山月記」創作の秘密を探る

Ⅲ.「山月記」をどう読むか

Ⅳ.悩める中島敦

Ⅴ.世界に羽ばたく「山月記」

 

第2部 中島敦の生きた時代

中島敦の生きた時代は、明治から太平洋戦争に至る大激動期です。文学者たちの多くは国家総動員体制に巻き込まれ、苦難の途を歩むことになります。中島敦の足跡を追いかけてみることによって、私たちはその波乱に富んだ歴史をさながらにたどり直すことができるでしょう。関東大震災、過酷な思想弾圧、その中での文芸復興の気運など、さまざまな展開がありましたが、中島敦はこうした中で誠実に自己を追求し続け、昭和10年代には芥川賞候補にノミネートされるなど、小説家として文壇の一翼を担うことになります。

彼は「朝鮮」を舞台にした「虎狩」を書いて以来、旧植民地の問題に多大な関心を抱いていました。昭和16年には委任統治領だった南洋諸島に教科書の編集書記として赴任することになりますが、一年近いパラオでの生活は、日本が異国を植民地化していく不幸な歴史に立ち会う体験であると同時に、異文化体験を通して逆に「文明」とは何か、「日本」とは何かについて真剣に考えさせられる、貴重な体験でもありました。

彼の〝発見〟したものは何であったのか、その新鮮な驚きを追体験してみたいものです。

(安藤宏)

部門紹介

Ⅰ.昭和文学と中島敦

Ⅱ.中島敦の異文化体験